人の気持ち・人の心

クラシックの世界って普通の音楽の世界と違うなと思うこの頃。
なぜって作曲家の意思を表現しなくてはいけないから。
当然そこには自分とは違う、いわゆる他人の意思があるわけで…それを表現するには人の気持ちや心に敏感でなくてはならないです。
そしてそれは単に演奏をする時だけ、その曲に取り組む時だけに敏感でるという事では決してないと。普段の普通の生活の中から学ぶ物だと常々思うのです。

そして敏感になるという事は気持ちを暖かく持つという事に繋がるわけで。まずその第一歩が『感謝』でないかなと。
親に感謝、友人に感謝、親切にしてくださった方に感謝、私の場合生徒にも感謝。
特に親に関してはここまで自分に色々してくれた事、その前にこの世に出してくれた事を感謝しなくてはならないです。親の力…経済的にも精神的にも…は大きく、それがなければ決してここまでこれなかったというのは事実。自分でこの道を選んだ…きっかけは反発であったとしても…事に付き、文句をグタグタ言いながらも結局は応援してくれたのは親ですから。それは『恩』というものでもあるけど。
友人も同じ。迷った時親身になって話を聴いてくれる、時には一緒に悩み、時には怒り、私が以前とんでもない状況になった時も、先輩であれ同輩であれ本当に色々と面倒を見てくれました。実際的な事ではないにしても精神的にどれだけ救われたか分らない。

人は一人では何も出来ない、必ず誰かの助けを受けているものだと思います。
そして助けられているって事を感じるのが『感謝』であり、人の気持ち・心を感じるって事かなと。
なのでそれを感じられない人の演奏…自分が可愛いだけの人の演奏は、たとえ親しい友人であっても私は決して聞きたいと思わない。ましてや自己顕示の道具にしているような人の演奏なんて。

クラシック音楽って暖かいです。気持ちがホッとします。どんな重苦しい曲にあっても冷たいという曲は本当に少ない。それは作曲者が己の分身として世に生み出しているのであり、己の思いを封じ込めているから…血が通っているからと感じます。そしてそれが伝わるのは、奏者が暖かい気持ちを持っていて、彼らの思いを感じ取っているから…自己投影に近いかもしれないです。

他人の振り見て私が振り直せ…常に心のアンテナを伸ばして、もっともっと敏感にならねばと思うのでありました。


























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